性の歴史のおはなし

男が上で、女が下。昔はそうだったと思います?
本当は、そうじゃなかったんです。

✓ 女性が自分でパートナーを選べた
✓ 刀自(とじ)という女性リーダーがいた
✓ 男と同じものを食べていた
✓ 体力も地位もほぼ対等だった
✓ 祈りも仕事も、両方が女の役目だった
✓ 守ることが支配より大事にされてた

じゃあ仮に、昔の人たちが「偉くなる」より「みんなで回す」ことを選んでいたとしたら。
それを後の時代が壊したんです。
男中心のルールが生まれて、女性の力は見えなくされた。
でも、それが本当に“進歩”って言えるんでしょうか。

古代では「性」はただの行為じゃなくて、命を元気にする儀式でした。
✓巫女が神と結ばれる儀式があった
✓海に精液を流して豊漁を祈った
✓体も心も祈りの一部だった
✓“交わること”が“つながること”だった
✓この儀式が、のちの遊女の文化にもつながる

結局のところ、性は「生むため」じゃなく「生き返るため」にあったんですね。

【江戸の遊女たち──見られる女、選ぶ女】

1603年。徳川家康が吉原遊廓を作った。
目的は“風紀を守ること”。
でもそこに、もう一つのドラマが生まれた。

女が男に売られるだけじゃない。
芸を売り、知恵を売った。
お客を選ぶルールを持っていた。
教養のある人だけが相手になれた。
女たちは「見る側」でもあったんです。

春画の世界でも、女は積極的だった。
男を誘い、衣を脱がせ、欲望を見せた。
東京芸大の研究では、春画の25%が女性主導の描写だとか。
「旦那には子どもができないの」と言う台詞すら、女が“生きる力”を握っていた証拠。

歴史を学ぶなら、「性を持ち物にしない」こと。
奪うでも、我慢するでもなく、共有する。
それだけで、ずいぶん風通しがよくなるはずです。

…ねえ、私たち、何千年経っても同じこと繰り返してません?
でも、それでも考えたい。
本当に“今の方が自由”だと思います?

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次