「ネットの関係は薄っぺらい」って、本当にそう思います?
「知らない人の投稿に、ついコメントしてしまった」
「気づいたら朝まで話してた」
「顔も声も知らないのに、なんか落ち着く」
「男だから女だからって勝手にイメージしてた」
「オフ会で会ったら、全然違ってて焦った」
「それでも、また話したいと思った」
そんな経験、ありませんか。
あれって、一体なんなんでしょうね。
たぶん私たちは、画面の向こうにいろんなものを求めてた。
✓ 自分の知らない世界を覗きたかった
✓ 共通の趣味で繋がりたかった
✓ 恋でも承認でもなく「理解」を探していた
✓ 匿名だからこそ本音を言えた
✓ 弱さを出せる場所に救われた
✓ “誰かの役に立てる”ことで、自分を確かめたかった
もしそれが、ただの暇つぶしだったとしても
どうして、あの会話だけは今も覚えているんでしょう。
思い出すたび、少し笑ってしまう。
でも実は、それにはちゃんと理由がある。
ネットの中にも「関係の階段」があるんです。
最初は関心。そこから共有が生まれて、少しずつ信頼になる。
AがあるからBが生まれて、BがあるからCに進む。
そうやって文字だけのやりとりの中にも、人と人の距離は積み上がっていく。
やがて会ってみて気づく。
声のトーンや間の取り方、笑うタイミング。
「あれ?思ってた人と違う」そう感じた瞬間、思い込みが剥がれる。
知ってるようで知らない。
あるようで、ない。
その曖昧さの中で、ようやく「人」として相手が見えてくる。
でもそれって、特別な繋がりなんでしょうか?
いいえ。違います。
本質は「特別さ」じゃなくて、「濃さ」です。
どれくらいの時間、どれくらい心を動かし合えたか。
その密度こそが、絆をリアルに感じさせる。
だからもう、「リアル」と「ネット」を分ける意味なんて、ほとんどないのかもしれません。
そんな言葉で測れるうちは、まだ関係じゃない。
だから、ひとつだけ提案。
画面の向こうにも、ちゃんと人がいると思って話すこと。
それだけで、世界は少し優しくなる。
本当に、まだ境界なんて必要ですか?

