「媚びない選択」
その言葉を読んだ。
胸の奥が、チクッとした。
かっこいい響き。
なのに、どこか痛い。
(あぁ、私、ずっと“媚びてきた側”だ)
昔、ライターをやってまして、始めた頃。
どんな案件でも引き受けた。
単価が安くても。
内容が微妙でも。
「実績になるし」
「今は仕方ないし」
自分に言い聞かせた。
でも、本当は違った。
納品する。心がすり減る。
書いても書いても、満たされない。
(これ、私が書きたかった文章じゃない)
SNSを思い出す。
自分を“それっぽく”見せてた頃。
フォロワーが欲しかった。
流行りの言葉を真似た。
無理して明るく振る舞った。
「いいね」がつく。
自分が、どんどん遠くなる気がした。
「好かれる私」を演じすぎた。
本当の自分が、どんな顔か分からない。
友達に言われたことがある。
「なんでそんなに我慢するの?」
「自分のやりたいことやりなよ」
でも、できなかった。
(怖かったんだと思う)
「やりたいこと」
口にした瞬間、笑われるかもしれない。
それが怖かった。
うまく言えない。
でも、「媚びない選択」って、
強がりとか、反骨じゃない。
たぶん、
“自分の痛みを引き受ける勇気”
なんだと思う。
だって、媚びるほうが楽だ。
嫌われにくい。
すぐに成果も出る。
でも、その「楽」の裏側。
いつも小さく、自分が泣いてる。
それに気づいた瞬間。
それが、たぶん“選択の始まり”だ。
正直、まだ完璧じゃない。
“媚びない”人にはなれてない。
誰かにどう思われるか、気になる。
本音を出すときは、手が震える。
でも、それでも。
「私の言葉を受け取ってくれる人が、一人でもいるなら」
そう思う。
その震えのままで、書き続けようと思う。
みんなはどう?
誰かに気に入られたくて、自分を曲げたこと、ない?
たぶん、誰だってある。
でもね、そこから戻る瞬間。
「あ、これが私だ」
そう思える瞬間。
それを見つけたとき。
人はやっと、自分の値段を決められる気がする。
だから私は、今日もゆっくり。
“媚びない自分”を練習してる。
完璧じゃなくていい。
たとえ少しずつでも。
ちゃんと自分の言葉で、生きていたいから。

