「お前しかいない」という言葉の重さ | 代わりを務めることの本質

「お前しかいない」という言葉の重さ | 代わりを務めることの本質

こんにちは、先日こんなポストをしました。

ルナフェス、2日間完走しました。

20年以上前から好きだったバンドたちを一堂に観られる、それだけで贅沢な時間でしたが、今回特に心に残ったのは淳士のドラムでした。

真矢の代わりにLUNA SEAで叩く。

タイムラインでは誰もがこう語っていました。

  • 「淳士しかいないよね」
  • 「彼以外に誰がいる?」
  • 「真矢の不在を埋められるのは淳士だけ」
  • 「これ以上の適任者はいない」
  • 「期待しかない」
  • 「絶対に応えてくれる」
  • 「信頼してる」

期待。信頼。適任。絶賛の言葉が並ぶ。

「お前しかいない」と言われることは、確かに信頼の証です。でも同時に、それは失敗できない重圧でもあるはず。その言葉の重さを、私は自分の仕事を通じて少しだけ理解できる気がします。

「お前しかいない」と言われる理由を、表面だけで受け取るなら、こうなります。

  • 師弟関係だから
  • 技術が高いから
  • 代役として最適だから
  • 信頼されているから
  • 期待に応えられるから
  • 真矢に近い演奏ができるから
  • LUNA SEAを知り尽くしているから
  • バンドの歴史を共有しているから
  • ファンが納得する人選だから

嬉しい。確かに嬉しい。

でも同時に、その言葉の裏には「期待を裏切れない」というプレッシャーが確実についてくる。

代役を引き受けるとは、

期待される → 比較される → 足りない部分を指摘される。

「真矢ならこうだった」と言われる可能性がある。「やっぱり違う」と評価される可能性がある。どれだけ完璧に演奏しても、「本物ではない」という評価からは逃れられない。

セラピストとして働いていると、「あなたにお願いしたい」と指名をいただくことがあります。それは嬉しい。でも、その言葉の裏には「期待を裏切れない」というプレッシャーも必ずついてくる。

だからこそ、淳士のプレイに心を動かされたんだと思います。

彼のドラムには、一切の迷いがありませんでした。1回1回の音にちゃんと感情が乗っていて、それは真矢の完コピではなく、明らかに淳士として鳴っていた。

それは「違う」じゃなく、「LUNA SEAを止めないためのLUNA SEA」として機能していた。つまり彼は、真矢と同じになろうとしたのではなく、今この場に必要な音を自分なりに定義して、それを鳴らしていたんだと思います。

代わりを務めるということの本質は、そういうことなのかもしれません。

誰かと同じになることではなく、その場に今必要なものを、自分なりに理解して届けること。相手の期待に応えるとは、相手のコピーになることではなく、今この瞬間に自分ができる最善を尽くすこと。

セラピストとしての私も、同じだと思いました。

指名してくださったお客様が求めているのは、前回と全く同じ施術ではなく、今日のその方の状態に必要なケアです。だから私は、前回の自分をなぞるのではなく、目の前の方を見て、今できる最善を考える。

その積み重ねが、信頼になっていくのだと。

そして、あのステージにあったもう一つの真実。

長く続けてきた人たちの積み重ねと、それを受け取る側の私たちが「今」を生きて行動しているからこそ、あの瞬間に立ち会えたという事実です。

明日何が起こるかわからない世の中だからこそ、「今できること」「今やりたいこと」は迷わず行動に移すべきだと、改めて思いました。

ルナフェスは、ただ楽しいだけじゃなく、生きる活力をもらえた時間でした。

私も自分の現場で、誰かにそんな力を渡せるように。

一つひとつの「今」を、迷わず丁寧に鳴らしていきたいです。

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