「クリトリス開発」という言葉を見たとき、私は少しだけ固まりました。
乳首開発のときもそうだったけれど、やっぱり「開発」という二文字がつくと、急に身体を何かされる感じがしてしまう。
しかも今回は、もっと内側の話です。
いや、正確には内側だけではないのかもしれない。
でも、外に大きく見えているわけでもなくて、名前は知っているのに、ちゃんと知っているとは言いにくい場所。
クリトリス。
こうして文字にするだけで、少し身構える人もいると思います。
私もそうでした。
恥ずかしい、というより、どう扱っていいかわからない。
知っているふりもできないし、知らないと言うのも少し恥ずかしい。
でもよく考えたら、私たちはそれを、ちゃんと習ってこなかったんですよね。

習わなかったのに、知っていることにされている

学校で身体のことを習った記憶はあります。
- 生理のこと。
- 妊娠のこと。
- 避妊のこと。
- 性感染症のこと。
もちろん大事なことです。
そこを軽く見ていい、という話ではありません。
でも、女性の身体がどう快を感じるのか。
どこにどんな感覚があるのか。
自分の身体を、怖がらずに知っていくにはどうしたらいいのか。
そういう話は、ほとんど出てこなかった気がします。
少なくとも私は、誰かに落ち着いて教わった記憶がありません。
クリトリスという言葉は知っている。
でも、それがどういう器官なのかは曖昧。
「陰核」という漢字を見ても、なんだか医学の本の中に閉じ込められた言葉みたいで、女性の身体の話だとは思えなかった。
これ、変なことなんでしょうか。
名前だけ知っていて、意味はよく知らない。
でも大人だから、知っていることにされる。
知らないと言うと、経験が少ない人みたいに見られそうで、黙ってしまう。
そういうこと、性の話には多い気がします。
私は「クリトリス開発」という言葉を調べながら、何度か立ち止まりました。
開発というより、まず「基礎を知らされていなかった場所」なんだな、と思ったからです。
それなのに、感じるか感じないかだけは、急に結果のように問われる。
なんだか、テスト範囲を教えられていないのに、点数だけ見られるみたいだなと思いました。
我ながら変なたとえだけど、少し近い気がします。
クリトリス開発、という言葉の奥にあったもの



「クリトリス開発」と聞くと、私は最初、刺激の仕方の話だと思っていました。
どこをどうする、みたいな。
もっと直接的で、もっと生々しいもの。
でも、調べたり読んだりしていくうちに、少なくともこのシリーズで扱いたいのは、そういう手順の話ではないと思うようになりました。
もちろん、現場には技術もあるのだと思います。
けれど紹介者の私が、そこを語るのは違う。
私がここで言えるのは、もっと手前のことです。
自分の身体に、知らない場所がある。
知らないまま、感じない自分を責めてきた人がいるかもしれない。
「クリトリスで感じない」と検索する夜があって、その画面の向こうで、少しだけ自分を責めている人がいるかもしれない。
そこに、まず言葉を置きたい。
感じないことを、すぐに欠陥みたいに扱わなくていいのではないか。
知らなかっただけかもしれない。
緊張していたのかもしれない。
触れられること自体に、まだ安心が追いついていないのかもしれない。
そう考えると、「開発」という言葉も少しだけ違って見えてきます。
何かを無理に変えるというより、知らないまま遠ざけていた感覚に、少しずつ出会い直すこと。
前の記事で書いた、女風でいう「開発」という言葉を私なりに整理した話とも、ここは繋がっている気がします。
身体を仕込むとか、できるようにするというより。
自分の中にあるものを、急がず知っていく。
それでも「クリ開発」という言葉は、まだ少し強い。
正直、私は今でも少し身構えます。
でも、身構える自分を否定しなくてもいいのだと思いました。
怖いなら怖いまま、知らなかったなら知らなかったまま、そこから始めてもいい。
そういう温度で語られるなら、私は少しだけ聞ける気がしたんです。
消されてきたものを、いま知ること



クリトリスの話で避けて通れないのは、女性の快がずっと軽く扱われてきた歴史です。
私は専門家ではないので、ここを自分の言葉だけで語り切るのは怖いです。
でも、調べていて印象に残った記事があります。
なぜクリトリスは正しく知られてこなかったのか、という歴史の話
読んでいて、少し苦しくなりました。
知らなかったのは、私個人の怠慢ではなかったのかもしれない。
知る機会が、そもそも少なかったのかもしれない。
女性の快を語る言葉が、長いあいだ後回しにされてきたのかもしれない。
そう思ったら、妙に腹が立つような、ほっとするような、不思議な気持ちになりました。
ああ、私だけが何も知らないわけじゃなかったんだ。
そう思えるだけで、少し呼吸が戻ることがあります。
性の知識って、知らないと恥ずかしいものとして扱われがちです。
でも本当は、知らされてこなかったことも多い。
それなのに、大人になった瞬間に「わかっている前提」で進んでしまう。
女性の性欲や感覚も、年齢や経験とともに変わっていくらしいです。
その話は、女性の性欲は年齢でどう変わるか(青note)にも書かれていました。
変わること。
知らないこと。
あとから気づくこと。
どれも、本当は恥ずかしいことではないのかもしれません。
なのに私たちは、知っているふりをしてしまう。
平気なふりをしてしまう。
感じない自分を、こっそり責めてしまう。
そういう小さな無理が、身体の奥のほうに積もっていくこともあるのかな、と思いました。
次に出てくる「膣開発」という言葉が、また怖かった



クリトリスの話を知ると、次に出てくるのが「膣開発」という言葉でした。
これもまた、強い。
私は最初、「膣開発」と聞いて、こじ開けるようなイメージを持ってしまいました。
言葉が悪い。本当に、言葉が先に怖い。
でも調べていくと、それはむしろ「ゆるめる」話に近いらしい、ということを知りました。
力で変えるのではなく、緊張がほどけること。
怖がって固くなる身体を、急がせないこと。
安心できる相手や空気の中で、自分の反応を責めずにいること。
もちろん、私はそれを受けた人として語ることはできません。
だから次の記事でも、具体的なやり方には踏み込みません。
ただ、言葉の怖さと、その奥にある意味の違いを、もう少し眺めてみたいと思っています。
もしここまで読んで、内側の話に少しだけ進んでもいいかもしれないと思ったら、次は膣開発って、こじ開けるイメージがあった|本当は“ゆるめる”話だったへ進んでみてください。
無理に進まなくてもいいです。
ここで閉じてもいい。
クリトリスという言葉を、今日ちゃんと見た。
それだけでも、人によっては十分すぎるくらいかもしれないから。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
これはあくまで「こんな開発もあるらしい」という紹介の話です。
やるか、やらないか、知るだけにしておくか。それを決めるのは、いつでもあなたです。
もし、急かされずに相談できる人を探しているなら、
露花というお店のセラピストのことを、少しだけ覗いてみてください。
▶ セラピスト・青のプロフィール
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