女風の「開発」という言葉を追いかけていると、途中でふと気になることがあります。
それは、技術のことでも、部位のことでもなくて。
こういうことを考える人って、どんな人なんだろう。
開発に興味を持つ人。
女風を調べている人。
でも、まだ申し込んだことはない人。
あるいは、何度か利用している人。
そこにいるのは、何か特別な女性なのか。
私は最初、少しだけそう思っていました。
自分の身体や感覚について、ちゃんと向き合っている人。
性に対して積極的で、迷いがなくて、こうしたいと自然に言える人。
そんな、どこか遠い人たちの話のように見えていたんです。
でも、調べていくうちに、少し見方が変わりました。
女風に通う人は、たぶん、ひとつの言葉で括れる人たちではない。
年齢も、状況も、理由も、それぞれ違う。
それを知ったとき、少しだけ肩の力が抜けました。
自分だけと思ってしまう夜がある
女風を調べている時間って、少し独特です。
昼間に堂々と検索する人もいるかもしれないけれど、私はなんとなく、夜のイメージがあります。
部屋の灯りを少し落として、スマホの画面だけが明るい時間。
誰かに話すほどではない。
でも、まったく気になっていないわけでもない。
検索窓に言葉を入れて、出てきたページを見て、途中で閉じる。
また開く。
そういう小さな往復。
「女風 客層」
「女風 年齢層」
「女性用風俗 どんな人」
「開発 通う人」
そんな言葉を打つとき、たぶん多くの人が、知識だけを探しているわけではない気がします。
本当に知りたいのは、もう少し奥にある。
私だけじゃないのかな。
こんなことを考えるのは、おかしくないのかな。
行く人って、どういう顔をして日常を過ごしているんだろう。
そんな確認に近いもの。
人は、自分の関心が人から見えにくい場所にあるとき、すぐ孤独になります。
誰にも言っていないだけで、誰にもいない気がしてしまう。
でも、誰にも言っていないことと、誰も考えていないことは違うんですよね。
ここを、私はよく混同します。
静かな人ほど、たぶん混同しやすい。
言わない人が多いだけで、いないわけではない。
見えないだけで、考えている人はいる。
女風の客層については、露花にも20代から70代まで、利用する人の年齢層や背景に触れた記事があります(露花)。
そこを読んで、私は少し意外でした。
若い人だけの場所でもない。
恋愛に積極的な人だけの場所でもない。
いわゆる派手な人だけの世界でもない。
もっと生活に近いところに、この関心はあるのかもしれない。
そう思いました。
普通の人という言葉の危うさ
ここで「普通の人も使っている」と言いたくなるのだけど、少しだけ立ち止まります。
普通、という言葉は便利です。
安心させる力もあります。
でも同時に、誰かを普通ではない側に押し出してしまうこともある。
だから、できるだけ丁寧に言いたい。
女風に関心を持つ人は、特別な資格を持った人ではない。
性的に強い人だけでもない。
恋愛経験が豊富な人だけでもない。
自分に自信がある人だけでもない。
仕事をしている人。
家のことをしている人。
誰かの母である人。
ひとりの時間が長い人。
パートナーがいる人。
いない人。
昔の恋愛をまだどこかで引きずっている人。
もう恋愛は少し疲れた、と思っている人。
そのどれも、たぶん現実の中にある。
女風を利用する理由も、ひとつではありません。
性的な好奇心から入る人もいる。
触れられることへの安心を求める人もいる。
自分の身体に対する距離を少し変えたい人もいる。
ただ、話を聞いてもらいたい人もいるかもしれない。
開発という言葉に惹かれる人もいれば、逆にその言葉にはまだ抵抗があるけれど、感覚や身体のことを知りたい人もいる。
どこから入っても、その人の事情がある。
私はそこに、少し救われる感じがしました。
というのも、何かに興味を持ったとき、私たちはすぐ「自分はそこにいていい人間なのか」を考えてしまうからです。
その場所にふさわしい人。
慣れている人。
ちゃんと説明できる人。
恥ずかしがらずに言える人。
そんな存在を勝手に想像して、自分は違う、と後ろに下がる。
でも実際には、最初から慣れている人ばかりではないはずです。
調べながら迷う人もいる。
ページを開いて閉じる人もいる。
予約画面の手前で止まる人もいる。
「やっぱりまだいい」と思う人もいる。
それも、女風を考える時間の一部なんだと思います。
開発目的の人だけが来るわけではない
「開発に通う人」という言い方をすると、目的がはっきりしている人を想像しやすいです。
乳首開発をしたい。
感度開発をしたい。
中イキを目指したい。
そういう言葉で検索する人も、もちろんいるのだと思います。
でも、実際にはもっと曖昧な入口もあるのではないでしょうか。
自分が何を望んでいるのか、まだ言葉になっていない。
ただ、身体のことを誰かと乱暴に扱わずに話してみたい。
性のことを、笑われずに置ける場所がほしい。
そういう人が、「開発」という言葉にたどり着くこともある気がします。
このシリーズで何度も思うのは、開発という言葉は、とても強く聞こえるということです。
何かを変える。
できないことをできるようにする。
眠っている感覚を起こす。
そういう響きがある。
でも、それをあまり成果の言葉に寄せすぎると、苦しくなる人もいると思います。
通う人は、結果を出すためだけに来ているわけではないかもしれない。
何かを証明するためだけでもない。
ただ、自分の身体や感情を、ひとりで抱え込まないために。
自分の関心を、少し外に出してみるために。
そういう入口も、あっていいのだと思います。
私は昔、説明書を読むのが好きでした。
家電でも、文房具でも、使う前に説明書を読む。
でも、読んだからといって、すぐ使いこなせるわけではありません。
むしろ、読んでいる時間で安心していた気がします。
ああ、こういう仕組みなんだ。
ここは触ってもいいんだ。
ここは無理に動かさなくていいんだ。
女風を調べる時間も、少しそれに似ているのかもしれません。
行くかどうかを決める前に、知る。
自分以外にも考えている人がいると知る。
それだけで、少し息がしやすくなる日がある。
次に浮かぶのは、身体を見せる不安だった
客層を知って、少し安心する。
でも、その次に別の不安が出てくることもあります。
どんな人が通っているかは、なんとなく分かった。
特別な女性だけの場所ではないらしい。
それでも、自分の身体を見せることを考えると、急に遠くなる。
これは、かなり現実的な感覚だと思います。
年齢のこと。
体型のこと。
肌のこと。
傷跡のこと。
デリケートな部分へのコンプレックス。
女風に関心があるかどうか以前に、自分の身体が好きではない、という人は少なくないはずです。
だから、客層の話の次には、どうしても身体への自信のなさの話が出てきます。
「通っているのはどんな人?」という問いの奥には、
「こんな私でも、そこにいていいのかな」という問いが隠れていることがある。
私は、そこを雑に励ましたくありません。
気にしなくていいよ、と簡単には言えない。
気になるものは、気になるから。
ただ、その不安があるからといって、あなたの関心まで消さなくていいのだと思います。
次の記事では、自分の身体が好きじゃない人ほど、開発が遠く感じることについて書いています。
客層の話より、もう少し内側に近い場所です。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
これはあくまで「こんな開発もあるらしい」という紹介の話です。
やるか、やらないか、知るだけにしておくか。それを決めるのは、いつでもあなたです。
もし、急かされずに相談できる人を探しているなら、
露花というお店のセラピストのことを、少しだけ覗いてみてください。
▶ セラピスト・青のプロフィール
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