女風に興味がある。
その一文を、頭の中でそっと置いてみるだけでも、少し緊張する人がいるかもしれません。
誰かに言ったわけでもない。
予約をしたわけでもない。
ただ、検索窓に言葉を入れただけ。
それなのに、どこかから小さな声がする。
「そんなことを考えるなんて、はしたないんじゃないか」
この声は、たぶん事実ではありません。
でも、事実ではないから消える、というものでもない。
私はこのシリーズで「開発」という言葉を眺めてきて、そこに身体の話だけではないものが混ざっていると感じるようになりました。乳首開発、クリトリス開発、膣開発、中イキ、感度。言葉だけを見ると、どれも身体の部位や反応の話に見えます。
けれど、もう少し手前にあるものがある。
知りたい。
でも、知られたくない。
興味はある。
でも、自分がそんなことを望んでいると認めるのが少しこわい。
その揺れのほうが、ずっと深いところにある気がします。
前の記事では、アナル開発や前立腺開発のような、さらに踏み込んだ言葉を少し距離を置いて眺めました。
そこから自然に出てくるのは、「では、興味がある人はすぐ申し込めるのか」という話ではありません。
むしろ逆で。
興味があるからこそ、止まってしまうことがある。
自分の中の声が、急に大きくなることがある。
「はしたない」は、誰の声なんだろう
「はしたない」という言葉は、少し古い響きがあります。
でも、古いから消えたわけではないんですよね。
形を変えて、今も残っている。
女性が自分の欲や好奇心を言葉にするとき、どこかでブレーキがかかる。
楽しみにしていることを、楽しみと言い切れない。
自分のために時間やお金を使うことに、なぜか言い訳が必要になる。
女風に限らない話かもしれません。
たとえば、ひとりで少し高いランチを食べるとき。
何もしない休日を選ぶとき。
誰かのためではなく、自分が欲しいものを買うとき。
小さなことなのに、「こんなことしていいのかな」と考えてしまう日があります。
性の話になると、その声はもっと濃くなる。
「女性なのに」
「いい年して」
「母親なのに」
「経験が少ないのに」
「逆に経験があると思われたらどうしよう」
こういう言葉は、誰かひとりが言ったものではないのかもしれません。
家庭、学校、恋人、友人、昔見たドラマ、ネットの空気。
そういうものが少しずつ積もって、いつの間にか自分の声みたいに聞こえてくる。
だから、ただ「気にしなくていい」と言われても、すぐにはほどけない。
気にしてしまう自分を責めると、余計に苦しくなることもある。
私は、まずそこを責めなくていいのだと思います。
「はしたない」と感じる自分がいる。
その一方で、知りたい自分もいる。
どちらかをすぐに勝たせなくてもいい。
気持ちを裁判にかけるみたいに、白黒を決めなくてもいいのかもしれません。
申し込めない理由は、ひとつじゃない
女風が気になるけれど、申し込めない。
この「申し込めない」には、いろいろな層がある気がします。
お店がこわい。
セラピストとの相性が不安。
何を話せばいいかわからない。
ホテルに行く流れが想像できない。
料金のことが現実的に気になる。
自分の身体を見られるのが苦手。
性的なことに慣れていないと思われたくない。
そして、もう少し静かなところにあるのが、「自分が望んでいることを、自分で認めるのがこわい」という感覚。
これは、外から見えるハードルではありません。
だから説明しにくい。
「行きたいなら行けばいいじゃん」
「気になるなら調べればいいじゃん」
そう言われたら、たぶん何も言えなくなる。
正論だからではなく、その言葉では触れられない場所があるから。
私自身、知らない場所に入る前に、入口の写真を何回も見てしまうタイプです。地図アプリで周辺を見て、駅からの道を確認して、それでも当日になって「今日はやめようかな」と思うことがある。
性の話ではなくても、そうです。
まして女風は、自分の身体や欲や寂しさに関わる場所です。
簡単に踏み出せないほうが自然な人もいると思う。
もし「気になるけど、こわい」が先に立つなら、予約の前に、女風が気になるけど怖い、という気持ちをそのまま置いてある文章(青note)を読むだけでもいいのかもしれません。
読むだけ。
それくらいの距離から始めていい。
ひとりで抱えていると、欲は悪者に見えやすい
ためらいが強いとき、いちばん苦しいのは「自分だけがこんなことを考えているのでは」という孤独かもしれません。
ほかの人はもっと自然に恋愛して、もっと自然に性を楽しんで、もっと自然に満たされている。
そんなふうに見える日があります。
でも、たぶん本当は、そんなに単純ではない。
人と会いたいのに疲れる。
触れられたいのに、近づかれると身構える。
寂しいのに、誰でもいいわけではない。
欲しいものがあるのに、それを言葉にすると急に恥ずかしくなる。
内向的な人ほど、この矛盾をひとりで抱えやすい気がします。
人恋しさと疲れが同じ場所にある、という話は、内向型の人恋しさと疲れについて書かれた文章(青note)にも近いものがありました。
女風に興味があることは、誰かに迷惑をかけることではありません。
もちろん、すべては成人同士の同意と安全が前提です。
その前提を外してまで進む必要はないし、無理をして自分を納得させるものでもない。
けれど、興味を持った時点で自分を責める必要もない。
ここは、私も何度も言い直したくなるところです。
興味があることと、すぐ行動することは同じではない。
知ることと、選ぶことも同じではない。
そして、選ばないことも選択のひとつです。
このシリーズの終わりのほうで、開発しなきゃいけないわけじゃない、という話も書く予定です。
それを先に置いておきたいくらい、私はこの前提が大事だと思っています。
しなきゃいけないわけではない。
でも、知ってはいけないわけでもない。
その間に、たぶん多くの人が立っている。
「私なんかが」と思ったときに
女風や開発について調べていると、「通っている人はどんな人なんだろう」と気になることがあります。
きれいな人だけなのかな。
恋愛経験が多い人だけなのかな。
性に積極的な人だけなのかな。
自分みたいに迷っている人は、場違いなのかな。
そういう想像は、申し込めない気持ちをさらに強くします。
でも、実際には、女風を気にする理由も、距離感も、人によって違うはずです。
寂しさから入る人もいる。
自分の身体を知りたい人もいる。
恋愛とは別の場所で、少しだけ安心したい人もいる。
何も決めず、ただ情報を集めている人もいる。
誰かと比べて、自分の理由が正しいかどうかを測らなくてもいい。
もし「自分だけじゃないのかもしれない」と思える材料がほしいなら、次の記事で、開発に通う人って、どんな人なのかを眺めた話に進みます。
そこでも、何かを決めつけるのではなく、少し遠くから見てみるつもりです。
特別な人だけの場所なのか。
それとも、もっと静かで、普通の日常の延長にあるものなのか。
答えを急がずに。
たぶん、ためらいは消すものではなく、連れて歩くものなのだと思います。
重すぎる日は、立ち止まる。
少し軽い日は、ひとつだけ読む。
それくらいの歩幅でいい日もある。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
これはあくまで「こんな開発もあるらしい」という紹介の話です。
やるか、やらないか、知るだけにしておくか。それを決めるのは、いつでもあなたです。
もし、急かされずに相談できる人を探しているなら、
露花というお店のセラピストのことを、少しだけ覗いてみてください。
▶ セラピスト・青のプロフィール
https://roca2024.com/ao/
▶ このシリーズ全20記事の地図
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