女風セラピストという仕事をしている神無月は、
これまで本当にたくさんの女性とお会いしてきました。
年齢も、職業も、恋愛経験も、それぞれ違います。
でも、不思議なくらい同じ言葉を耳にすることがあります。
・私から誘ったら、彼に引かれました
・旦那に「女がそんなこと言うなんて気持ち悪い」って言われました
・「はしたない」って笑われてから、自分から求められなくなりました
その話を聞くたびに、神無月は胸が苦しくなります。
なぜなら、その女性たちは「セックスがしたい」とだけ言っているわけではないからです。
「好きだから触れたい」
「もっと近くにいたい」
「愛されていることを感じたい」
その気持ちを、勇気を出して伝えただけなのです。
それなのに返ってきたのは、強めの「拒絶」でした。
「女なのに」
「気持ち悪い」
「そんな人だと思わなかった」
その一言は、男性が思っている以上に女性の心を深く傷つけます。
神無月は、その傷を何度も見てきました。
「性欲がある女性」は、本当におかしいのか
神無月は、ずっと疑問でした。
女性に性欲があることは、そんなにおかしいことでしょうか。
答えは、もちろんNOです。
人には食欲があります。
睡眠欲があります。
安心したいという欲求があります。
そして、性欲もあります。
それは男性だけのものではありません。
女性にもあります。
「好きな人と触れ合いたい」
「抱きしめられたい」
「キスをしたい」
「セックスをしたい」
どれも、人として自然な感情です。
にもかかわらず、女性がそれを口にした瞬間、
「軽い女」
「欲求不満」
「はしたない」
という言葉が向けられることがあります。
男性には「男だから仕方ない」と言われる欲求が、女性には「隠すべきもの」とされる。
この違いは、一体どこから生まれたのでしょうか。
実は、それは「昔から当たり前」ではなかった
「女性は慎ましくあるべき」
「女性は純潔であるべき」
そうした価値観は、日本の歴史が始まった頃から変わらないものだと思われがちです。
でも、実際はそうではありません。
江戸時代の庶民文化を見てみると、「性」は現代よりもずっと身近で、おおらかに扱われていた側面があります。
もちろん、身分制度や家制度の制約はありました。
決して理想郷だったわけではありません。
それでも、現代のような「女性は性的であってはいけない」という価値観とは少し違う世界がありました。
大きく変わったのは明治時代です。
近代国家を目指した日本は、西洋の価値観を積極的に取り入れました。
その中には、「良妻賢母」という理想像や、「女性は純潔であるべき」という性道徳も含まれていました。
女性は家庭を守る存在として教育され、従順さや慎み深さが美徳とされるようになります。
つまり、「女性は性欲を表に出さないもの」という考え方は、長い歴史の中で社会的に強く育てられてきた価値観でもあるのです。
女性は今も、自分の欲求より相手を優先しやすい社会にいる
現代になっても、その価値観は完全には消えていません。
日本財団やジョイセフなどの調査を見ると、多くの女性が
「気が乗らないのに性行為に応じた経験」
があると答えています。
理由はさまざまです。
「断ったら嫌われるかもしれない。」
「相手を傷つけたくない。」
「恋人なんだから応じるべきだと思った。」
つまり、多くの女性は、自分が「したい」と言うことよりも、「したくない」と言うことさえ難しい状況に置かれているのです。
そんな社会で、自分から「触れたい」「求めたい」と伝えることが、どれほど勇気のいることなのか。
神無月は、その勇気を知っています。
だからこそ、その勇気が否定されることが悲しくて仕方ありません。
男性は、なぜ女性の性欲を否定してしまうのでしょう
ここで誤解してほしくないことがあります。
神無月は、「男性はみんな女性を支配したい」と言いたいわけではありません。
実際、そんなことはありません。
女性の性欲を自然なものとして受け止めている男性も、たくさんいます。
でも一方で、女性が主体的に性を語ることに戸惑いを覚える男性がいるのも事実です。
その背景には、昔から受け継がれてきた価値観や、「女性は求められる側」という思い込みがあるのかもしれません。
また、心理学や精神分析には、女性を「純潔な存在」と「性的な存在」に分けてしまう傾向を説明する理論もあります。
もちろん、すべての人に当てはまるものではありません。
それでも、「女性にも性欲がある」という当たり前の事実を受け入れられず、戸惑ってしまう背景を考える手がかりにはなるでしょう。
大切なのは、理由を探すことではありません。
その言葉が相手を傷つけることを知ることです。
神無月から、男性へ
もし、この日記を読んでいる男性がいたら、一つだけお願いがあります。
どうか、パートナーの性欲を否定しないでください。
受け入れられない日があるのは当然です。
疲れている日もあります。
気分が乗らない日もあります。
断ることが悪いと言っているのではありません。
でも、「気持ち悪い」「はしたない」「女なのに」という言葉だけは、どうか口にしないでください。
女性は、あなたのことが好きだから求めています。
信頼しているから、本音を見せています。
その勇気を、どうか踏みにじらないでください。
あなたにとっては一瞬の言葉でも、その女性にとっては何年も心に残る傷になることがあります。
神無月は、あなたを否定しません
もし、この日記を読んでいるあなたが、
「私がおかしいのかな」
「女なのに、性欲がある私は変なのかな」
そう思ってきたのなら、神無月は伝えたいことがあります。
『あなたは、おかしくありません』
性欲があることは、悪ではありません。
好きな人に触れたいと思うことも。
抱きしめられたいと思うことも。
セックスをしたいと思うことも。
どれも、人として自然な感情です。
どうか、自分を責めないでください。
誰かに否定されたからといって、その言葉があなたの価値を決めるわけではありません。
少なくとも神無月は、あなたを否定しません。
あなたの欲求も、あなたの寂しさも、あなたの愛情も、全部ひっくるめて受け止めたいと思っています。
女風セラピストという仕事をしていて、神無月が何より願うことがあります。
女性が、自分の心を恥じなくていい社会になることです。
「触れたい」
「会いたい」
「抱きしめてほしい」
そんな素直な気持ちを、誰にも否定されなくていい社会になることです。
その日が来るまで、神無月はこれからも、傷ついた女性たちの声に耳を傾け続けたいと思います。

