Xのタイムラインを眺めていると指が止まる瞬間があります。
- 元女風セラピスト
- 元大手ランカー
- 元セラピスト講師
こんなアカウントを動かしている人のポスト。
現役の頃には絶対に出さないであろうにやりとする言葉が流れてきて目で追ってしまう。
それを見ていてふと思いました。
この人達はなんでこれを書いているんだろう?
元セラピの裏垢なんでやってるんだろう?


ということで今日は、ポエポエ女風セラピストみんな大好きマズローの欲求5段階説をテーマに、女風のポエム好き界隈を勝手に考えてみます。
誰も頼んでいないけど。
- ブログを書く女風セラピ
- Xでつぶやく女風セラピ
- インスタに投稿する女風セラピ
- 有料note販売する女風セラピ
- 質問箱で回答する女風セラピ
そういう行動の根っこには、だいたい承認欲求があると言われています。
元女風セラピもその仲間。
先に添付した図はマズローのピラミッドのやつです。
生理的欲求
食事・睡眠・排泄、生命維持の根っこ。
安全の欲求
健康とか経済的安定とか、身の安全につながるもの。日本みたいに平和な国にいると、このへんを切迫して欲する場面はあまり多くない。
所属と愛の欲求
自分はこのコミュニティの一員ですよと感じたい欲求。嫌われたくない、うまくやっていきたい、流行に乗り遅れたくない、というあれです。
承認欲求
いわゆる自己顕示欲。属したコミュニティの中で、価値ある存在として認められたい、注目されたい、絡んでもらいたい。元女風セラピアカウントをやる人の大半はここにいると思う。
自己実現の欲求
下の4つが満たされても人は満足できなくて、最終的には「自分が本当に表現したいもの」を求めはじめる、というやつ。
この図を元女風セラピアカウントに当てはめてみると、なかなか味わい深いものがあります。
ムッとするということは図星ということ





「あなたのその行動は承認欲求ですよ」
と外側からラベリングされると、図星でも図星じゃなくても、ちょっとムッとする。
客観的に分析されて喜ぶ人はあまりいない。
でもムッとするということは、たぶん近いところにあるんだと思います。
セラピストをしていた頃に感じたのは、人は「わかってほしい」という気持ちをすごく繊細に持っているということでした。
承認欲求というと安っぽく聞こえるけれど、もっと素朴なもので「ここにいていいよ」と誰かに言ってもらいたいみたいな種類のもの。
元女風セラピアカウントにも、それの延長線上にある部分がたぶんあります。
祭りの心理、というやつ


所属と愛の欲求のところで思い出すのが、いわゆる「祭りの心理」です。
みんなが楽しそうにしているとつい混ざりたくなる、置き去りにされたくない、というあれ。
- スイッチ2が流行るとなんとなく自分も持っていないと不安になる
- ツイキャスが流行るとやってみる
みたいな。
元女風セラピアカウントも構造としてはかなりこれに近い。
人間の感情を雑に分けると、
- 痛みを伴わないもの
- 痛みを伴うもの
があります。
喜び、楽しい、笑える、感動、安心、満足。こちらが前者。
悲しみ、後悔、屈辱、怒り、嫉妬、嫌悪、不安。こちらが後者。
人は基本、快楽を好み痛みを嫌う生き物なので、シェアされていくのはほぼ前者です。
結局のところ「わかりやすい」ものが届く



ここに、社会的関心と社会的認知という補助線を引くともう少し見えてきます。
社会的関心が高いジャンル、というのはざっくりいえば
- 食欲、性欲、睡眠欲
- 恋愛、モテ
- 美人画像、イケメン画像、肌色画像
- ファッション、メイク、インテリア
並べてみると、元女風セラピのタイムラインで流れてくるものとほぼ重なる。
裏垢で伸びるのって、結局「わかりやすい」アカウントなんだと思います。
読みやすい、見やすい、シェアしたくなる。
難しい理屈を捏ねるより、誰かの口元がふっと緩むものを置いておくほうが、遠くまで届く。
わかりやすさには、内容自体のわかりやすさと、見せ方のわかりやすさの二種類があって、両方が効いているアカウントは強い。
ポエム好きが座っている踊り場



その点で、ノウハウを書くタイプの人と、感情の断面を書くタイプの人がいて、私が指を止めるのは決まって後者です。
前者は読んだあとに「なるほど」と言って閉じてしまうけれど、後者は読み終わってもしばらく画面を見たまま動けなくなる。
マズローの図でいうと、たぶん3段目と4段目のあいだに小さな踊り場があって、ポエム好きはそこに座り込んでいる。私もたまに座っている。
ただ、観察してわかった気になるのは、違う気もしていて。
「あの人は承認欲求でやっています」と言ってしまえば話は早い。
心理学のフレームに当てはめれば、だいたいの人間の行動は説明がつく。
ピラミッドのどの段にいるかも、だいたい仕分けできる。
でも、説明がついたところで、その人がなんで今夜スマホを開いて、なんで現役で言えなかったことをここに書いたのか、という肝心のところは結局こちらにはわからない。
たぶん本人にも、半分くらいしかわかっていない。
私が裏垢を見ているのも、その「半分くらいしかわかっていない人」の、わかっていない側のほうを覗き見たいからかもしれません。
整理された言葉より、整理しきれずに漏れた一行のほうに、人は引き寄せられる。
承認欲求、で終わらせるには、少し惜しい話だと思っています。









