対話の場がないってただ単に「ない」だけじゃなくてわりと致命的な話

対話の場がないってただ単に「ない」だけじゃなくてわりと致命的な話

こんにちは、先日こんなポストをしました。

対話の場をもっと身近なものにしたいと思っている件。 話すときは、自分の言葉で話す。 本で読んだ知識じゃなく。 自分が経験したこと。 人が話しているときは最後まで聞く。 途中で遮らない。 否定も評価もしない。 ただそれだけのことなのに。 この界隈ではそういう場が少ない。 遠慮しなくていい場所。 知ったかぶりしなくていい場所。 素朴な疑問も否定されない場所。 言葉に詰まっても待ってくれる。 次の言葉を一緒に探してくれる。 本当は必要なのに貴重になってしまっている。 言葉が紡がれるのを根気強く待つこと。 共に考えしっくりくる表現を見つけ出すこと。 そういう実践がもっとそこかしこにあっていい。 ちなみにこういう場にはXのスペースが合ってると思う。 ツイキャスだと営業色が出すぎる。 スペースの方がちょうどいい。 対話を特別なものにしすぎ。

これを深堀りしていきます。

話すときは自分の言葉で話す。本で読んだ知識じゃなくて、自分が実際に経験したこと。人が話してるときは最後まで聞く。途中で遮らない。否定も評価もしない。

ただそれだけのことなのに、この界隈ではそういう場が少ない。

いや、正確に言うと「少ない」どころか「ほぼない」。

で、何がめんどくさいって、みんなこれを「そういうもんだよね」って受け入れちゃってるところ。「ビジネスなんだから仕方ない」「競合だし」「そこまで求めちゃダメでしょ」って。

…でもさ、本当にそうなの?

目次

知識をひけらかす場はあるのに、経験を語る場がない矛盾

セミナーとか、勉強会とか、オンラインサロンみたいなやつ。そういうのは山ほどある。「こうすれば成功する」「このテクニックが効く」って情報は毎日どこかで飛び交ってる。

でもそれって結局、誰かの正解を仕入れてるだけ。自分の中で起きたこと、感じたこと、迷ったこと、そういうのを素直に言葉にする場所じゃない。

なんかさ、恋愛でもそうじゃん。「こうすればモテる」みたいな情報はいくらでも転がってるけど、「昨日のデートでこんなこと言われてさ、どう解釈していいかわかんなくて」みたいな話を、評価されずに話せる相手ってほとんどいない。

みんな表面上は「相談乗るよ」って言うけど、実際に話し始めると「それは相手がこう思ってるからだよ」とか「もっとこうすればよかったのに」とか、勝手に分析されて終わり。

…いや、そういうのじゃないんだよね。ただ聞いてほしいだけなのに。

「話を聞く」が、なぜかこんなに難しい

この業界、話すのは得意な人が多い。

というか、話さないと生きていけないから、みんな無理してでも話す。SNSで発信する、プロフィールを作る、自己紹介する。

でも「聞く」はどう?

相手が話してる途中で「あ、それってつまりこういうことでしょ」って勝手にまとめちゃう人。

「私もそういう経験あるんだけどさ」って自分の話にすり替える人。

「そんなこと気にしなくていいよ」って、気にしてるから話してるのに否定する人。

…まあ、悪気はないんだろうけど。

でもさ、人が言葉を探してるときに、焦らずに待てる人ってほとんどいない。沈黙が怖いから、すぐに埋めようとする。

相手が「えっと…」って詰まったら、「つまりこういうこと?」って先回りして言葉を用意しちゃう。

それって本当は、相手の言葉を奪ってるだけなんだよね。

でも誰もそれを指摘しない。というか、みんなそういうものだと思ってる。

遠慮しなくていい場所が、なんで「贅沢」扱いなの?

知ったかぶりしなくていい場所。素朴な疑問も否定されない場所。言葉に詰まっても待ってくれる。次の言葉を一緒に探してくれる。

そういう場所って、本当は基本中の基本だと思うんだけど。

なのに現実には「そんな理想的な場所あるわけない」「甘えだ」「時間の無駄」って扱いされる。

…ああ、そう。じゃあみんな、一生知ったかぶりして、本当は理解してないことを理解してるフリして、誰にも本音言えないまま疲弊していけばいいんじゃない?

…って、そんなの持続するわけないのに。

本当に必要なのに、貴重になってしまってる理由

なんでこうなってるかって、結局みんな「即効性」を求めすぎてるんだよね。

対話なんて時間かかるし、すぐに結果が出るわけじゃない。だから「そんな悠長なことやってる場合じゃない」ってスルーされる。

でもさ、対話の場がないまま走り続けた結果がこれだよね。

表面的なノウハウばかり仕入れて、全然自分の言葉になってない。SNSでは綺麗なこと書いてるけど、実際に会って話すと中身がない。

お客さんには「話を聞きます」って言ってるくせに、自分は誰の話も聞けてない。

そういう人、山ほどいるじゃん。

で、そういう人に限って「なんで予約が入らないんだろう」って悩んでる。

…いや、そりゃそうでしょ。あなたの言葉、どれも借り物だもん。

言葉が紡がれるのを根気強く待つこと

対話の場で大事なのって、「誰かの正解を聞く」ことじゃない。

自分の中にある、まだ言葉になってないものを、時間かけて掘り起こしていくこと。

それを誰かが焦らずに待っててくれて、一緒に「あ、それってこういうこと?」って確認してくれる。

そういう積み重ねの中で、やっと自分の言葉が出てくる。

でもそのプロセスって、めちゃくちゃ地味だし、効率悪いし、成果も見えにくい。

だからみんなやらない。

でも、やらないから一生借り物の言葉で喋り続けることになる。

ちなみに、Xのスペースが合ってると思う理由

で、こういう対話の場を作るなら、Xのスペースがいいと思うんだよね。

ツイキャスとかインスタライブだと、どうしても「配信」っぽくなる。見せる意識が働くから、営業色が出すぎる。

スペースはもうちょっとゆるい。聞くだけの参加もできるし、顔も見えないから、変に構えなくていい。

「ちょっと覗いてみるか」くらいの温度感で入れる。

そのくらいがちょうどいいんだよね。

結局、何が言いたいかっていうと

対話の場って、「あればいいね」じゃなくて「ないとヤバい」ものだと思うんだけど。

でもみんなそれに気づいてない。というか、気づいてても「まあいっか」でスルーしてる。

で、そのツケが回ってきて、孤独になって、疲弊して、辞めていく。

…まあ、別にそれでいいならいいけど。

ただ、そういう場をちゃんと持ってる人は、わりと長く続けられてる。

しかも、変に営業しなくても自然と予約が入るようになってる。

なんでかっていうと、対話の場で培った「聞く力」とか「自分の言葉で語る力」が、そのままお客さんとの関係に反映されるから。

…まあ、信じるかどうかは勝手だけど。

でもほんと、そういう実践がもっとそこかしこにあっていいと思うんだよね。

言葉が紡がれるのを根気強く待つこと。共に考えて、しっくりくる表現を見つけ出すこと。

そういうのが当たり前にある世界のほうが、たぶんみんな楽に生きられる。

…まあ、そう思うんだけど、どうかな。

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